東京高等裁判所 昭和40年(う)2246号 判決 1966年2月23日
被告人 西沢利宣
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は検察官平山長名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。
所論は本件犯罪の正犯、即ち数日間連続して、売春をする目的で客待ちをした行為は、その一回毎の行為がそれぞれ一罪を構成するものと解すべきであるから、併合罪の関係にあり、これを幇助した罪の罪数は正犯の罪数に従つて定まるから、本件被告人の犯罪もまた併合罪であるに拘らず、これを包括して一罪と判断し刑法四五条、四七条の規定を適用しなかつた原判決は法令の解釈を誤り、その適用を誤つたものであると主張する。
幇助犯即ち従犯の犯罪は正犯の犯罪に従属して成立するものであるから、幇助犯の行為が一罪なりや数罪なりやは正犯の罪数によつて定まる(大審院昭和十五年十月二十一日判決、判例集一九巻七二一頁、昭和七年五月三十日判決、判例集一一巻七三二頁参照)ことは洵に所論のとおりである。しかして原判決は罪となるべき事実として、被告人は昭和四十年五月十九日から同月二十三日まで及び同月二十七日から同月三十日までの毎晩、横浜市中区長者町八丁目所在大映映画館附近の路上において、森喜美枝が同所で通行中の不特定の男性を相手方として、売春をするため客待ちするに際し、その情を知りながら、同女を警察官の取締りから免れさせる目的で見張をし、以て同女の右客待ち行為を容易にさせて幇助したものであるとの事実を認定し、右所為は包括して刑法第六十二条、売春防止法第五条第三号に該当すると法令の適用をしているのであるが、原判決挙示の証拠中森喜美枝及び被告人の検察官に対する各供述調書中の記載に徴し原判示事実を通読すれば、原判決は正犯の所為を包括一罪と判断した上前記判例の趣旨に従い幇助犯たる被告人の本件所為を包括一罪と認定したものと認められる。しかして右証拠に従えば森喜美枝の原判示の如き客待ち行為はこれを包括して一罪を構成するものと認めるのを相当とするから、これを幇助した被告人の本件所為を包括一罪と認定した原判決には、何ら事実の誤認、法令の解釈の誤りないしその適用の誤りは存しないものと認める。所論は正犯たる右森の前記の如き所為は包括一罪を構成せず、数罪であつて九個の幇助犯は併合罪の関係にある旨主張するも、右証拠に徴し採用し難く、所論の各判例は本件に適切ではない。論旨は理由がない。
なお記録を検討すると、原審公判廷において検察官は起訴状記載の罰条の変更を請求し、原裁判所の許可を得て刑法第四十七条を削除した上、証拠調終了後の意見陳述に際しては、本件犯罪は包括一罪として処断されるべきであるとの罪数に関する法律的見解を述べ、原裁判所は起訴状記載どおりの犯罪事実を認定し、前記の如く幇助罪の包括一罪を構成するものと判示し、検察官の表明した見解と一致した判断をしたことが明らかである。しかるに検察官は控訴の申立をなし、原判決が刑法第四十五条、第四十七条を適用しなかつたことを以て法令の解釈を誤りその適用を誤つたものと論難するのである。勿論裁判所は法令の解釈適用につき検察官の見解に拘束されるものではないから、裁判所が判決に示した判断は、それが検察官の見解と一致した場合でも裁判所独自の判断といわなければならないし、検察官は訴訟当事者たると共に公益の代表者たる地位において訴訟行為をするものであるから、裁判所の示した法令の解釈適用が明らかに違憲、違法或いは論理法則、経験法則に反するような場合、その是正を求めることはその職責というべきではあるが、原審において検察官自ら示した法令の解釈適用に関する見解を誤りであると主張して論難することは適法な控訴理由になり得るかは甚だ疑わしいといわなければならない。
この点はさて措き、前記のとおり本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に従いこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅富士郎 石田一郎 寺内冬樹)